せれんでぃぷてぃ

どらごんおーぶ1


 あれ?
 ついさっきまで、すぐそこにゲンノがいたのに。
 ぼくは周りを見回す。
 見えるのは色とりどりの人の頭、頭、頭。
 その色とりどりの中で、ゲンノの緑色の髪だけが見付けられない。
 うーん、困ったな。
 これはもしかして、『迷子』っていう状態かも……
 うーん、どうしよう。
 ゲンノを探した方が良いかな。
 でも、ぼくはこの町についてなんにも知らないし、探しているうちに、もっと迷ったら困っちゃうし。
 考えてみれば、人より小柄なゲンノを探すより、人より頭一つ大きいぼくを捜す方が簡単だから。
 じゃあ、一寸道から外れて。
 お店とお店の間に立って、ぼくは流れていく人を眺める。
 色とりどりの髪の色と瞳の色。
 ここでありきたりな緑の髪を持つゲンノを探すのは、絶対に難しい。
 でも、ゲンノの髪をとやかく言えない。
 ぼくの髪だってありきたりな青だし、瞳の色もありきたりな青だし。
目立つのは背が高い事と、筋肉質だって事ぐらいかな。
 行き倒れていたところを、ゲンノに拾われて一年。
 同じ歳の子よりちょっとだけ体格が良かったぼくは、おいしい食事と、適度な運動のお陰で、どんどんと成長した。がむしゃらに振り回すだけだった剣の方も、ほんの少し使えるようになったし。
 今、ぼくが腰に差している剣は、お師匠様が貸してくれた剣で。なんか、とっても有名な人が作った剣で。見る人が見れば全財産を投げ出しても、手に入れたくなる代物だと、ゲンノが言っていた。
 そんな有名な剣を、ぼくみたいな半人前に貸してくれるお師匠様って太っ腹。
 まぁ、これが一番、ぼくと相性が良かったからって言うのもあるんだろうけど。
 それにしても太っ腹だと思う。うん、すごいぞ。
 でも、誰もぼくが、そんな有名な剣を持っているとは思わない。
 洗いざらしの木綿のシャツに、洗いざらしのトレーナー。ブッシュパンツに、ジャングルブーツに木綿の靴下。背中に背負ったリックも木綿。
 どう見たって、良くて独り立ちしたばかりの化け物退治屋。普通だったら冒険者に憧れたただの男の子。
 男の子……うーん、十七なんだから男の子っていう歳でもないか。
 でも、一人前扱いはされない訳だし。うーん。
 それでも、結構、他の町では目立つ。
 わざわざ治安が悪い、町の外に出てみようなんて考える人が少ないから、旅支度をしているだけで目立つ目立つ。
 それなのに、なんで、ここでは目立たないかというと、道を歩いているほとんどの人が、ぼくとそんなに変わらない格好をしているから。
 そりゃあトレーナーじゃあなくて、身体にぴったりのフィットするスーツを着ている人や、ポケットが沢山あるサバイバルスーツを着込んでいる人も多いけど。
 この町では冒険者や化け物退治屋を集めて、お祭りでもするつもりなのかな。
 うーん、そうとしか思えないほど、冒険者や化け物退治屋が多い。
 これだけよそ者が集まっていたら、何か変なのが混じっていても気がつかないよね。絶対。
 それにしても、ゲンノはどこまで行ったのかな。どこまで行って、ぼくがいない事に気がついてくれるかな。
 気がつかなかったらどうしよう。
 ?
 真後ろで人の気配。
 ぼくが慌てて振り返る。
 えーと……
 年の頃は、ぼくよりちょっと小さいぐらい。十五か十六。
 色々な髪の色がある中でも、すごく珍しいミルク色の髪。
 すごく細い華奢な身体。まっ白な肌。綺麗な顔。でも、一番印象的なのは、ほとんど白目がない、瞳だけの真っ黒な目。
 その真っ黒な瞳が、ぼくを見上げて(ぼくの方が頭一つは大きいから)、不思議そうに首を傾げる。
「なに?」
 ぼくが尋ねると、ミルク色の髪は反対側に首を傾げると、ぼくにどんどん近づいて。
「なんなのぉ」
 声を上げているのにミルク色は気にもせずに、しばらくぼくの臭いを嗅ぐと、そのままぼくの後ろに回り込む。
 なんなんの。なんで、そんなにリックの臭いを嗅ぐの。リックには変な物は入っていないのに。
「キュイ」
 なに?
 今の、鳥の声みたいなの,なに?
「キュイ」
 もしかしてミルク色が出しているの?
「お前、何やってんだ」
 ゲンノの声。
 ぼくは道の方を見る。
 緑色の髪に大きな緑色の瞳。白く透き通った肌に、高いけれど小振りな鼻に、桜色の唇。
 あんまりにも可愛らしすぎて、綺麗すぎて怖い時もあるゲンノがぼくに向かって、悪態をつきながら歩いてくる。
「こんな、でかい図体して、迷子になんかなるんじゃあねぇ」
 ゲンノが、鈴を鳴らしたような極上のソプラノで喚くけど、初めてこの町に来たぼくを置いて、どんどん歩いていってしまったゲンノにも、少しは原因があると思うけど……
「全く、でかくて見付けやすいけどな……?」
 ぼくのそばまで近づいて、ようやくゲンノは、ぼくの後ろに隠れていたミルク色に気がついたらしい。
 ゲンノはぼくを叱るのを一度辞め、ミルク色に興味を移す。ミルク色が、一歩退き、ゲンノが一歩近づく。
 又、ゲンノが一歩近づき、ミルク色が困ったように、一歩退く。
「うわぁ、めっずらしい」
 声を上げたのはゲンノだった。
「パールドラゴンの幼体だぞ」
 パールドラゴン……?
「うっわぁ、本物だぞ、本物。お前、歳、幾つだ、二つか、三つか?」
 怯えているミルク色にゲンノが尋ね、ぼくの陰に隠れながら、ミルク色が三本の指を立てた右手を、ゲンノに見せる。
 もしかして、三歳って言う意味?
 こんなに大きくて、ぼくとそれほど年が変わらないように見えて三歳?
 道行く人も、両側のお店の人も、びっくりしてゲンノとミルク色を眺めてる。
「三歳か。一人で来た……訳はないな。親か飼い主がいるだろう。どこにいるんだ?」
 ゲンノの質問に、ミルク色が慌てて周りを見回す。
「キュイ」
 すごい切ない……というのか困っている声。
「キュイキュイ」
 ミルク色の声が段々と大きくなっていく。
「キューイ、キューイ」
 だれかを呼んでいる。ぼくだって判るほど、せっぱ詰まった声。
 ミルク色の瞳に、大粒の涙が光っている。
「キューイ、キューイ」
 甲高い声だけが響く。
「お前、何やってんだ」
 人混みを掻き分けて現れたのは、ごく普通のお兄さんだった。
 ごく普通のお兄さんが、ごく普通に旅をしているという格好。
 ブーツにジーンズ。シャツにトレーナー。背中に大きな荷物を背負っているけど、多分野宿用の毛布兼マントが入っているんだろう。
 ぼくの荷物に良く似ているから。
 ミルク色はお兄さんに気がつくと、キュイキュイ言いながら、お兄さんに走って飛びつく。
「こんな、でかい図体して、迷子になんかなるんじゃあねぇ」
 ……
 なんか何処かで聞いたような言葉だなぁ。
「あんたが、そのパールドラゴンの飼い主か」
 飛びついてきたミルク色を、邪険に引きはがしたお兄さんにゲンノが声を掛け、お兄さんがゲンノを睨み付ける。
「ああ、悪い悪い。俺の名はゲンノ。こっちのは連れのヒコザ」
 ゲンノが紹介しても、お兄さんの緊張は解けなかった。なんでだろう。
「ついでに言えば、俺は魔法使いだ」
 ゲンノが言っても、お兄さんの顔は険しいままだった。
「本当に本当、正真正銘、魔法使いだ」
 ゲンノがもう一度言っても……お兄さんは疑ったままだった。
 うーん、去年まで魔法使いじゃあないと言っては疑われて、今年になってからは魔法使いだというと疑われるって……ゲンノも大変だと思うな、絶対。


 町中で宿を取るのは早々に諦め、町から小一時間離れた山の中で、野宿する事に決めたぼくたちは、とっとと夕飯にする事にした。
 ぼくたちというのは、ぼくとゲンノ。それにパールドラゴンの幼体のフウタと、フウタの飼い主のカンの四人。だから三人と一匹かなぁ。
 カンはぼくたちと関わり合いになりたくなかったみたいだけど、何故かフウタがぼくの後をついて歩いてしまうので、仕方なくぼくたちと一緒にいる。
 無理に離そうとすると、キュイキュイ鳴いて目立っちゃうし。カンはあんまり目立ちたくないようだし。
 でも、どう見たってフウタはドラゴンには見えないんだけどなぁ。
 ぼくが知っている……聞いた事があるドラゴンというのは、背中に大きな羽根があるトカゲで、フウタのように可愛いというのは聞いた事がない。
 うーん、不思議。
 滅多に見られない、とっても珍しいパールドラゴンの幼体のフウタは、ゲンノから花のジャムを一瓶貰って、嬉しそうに、両手で瓶を抱えて、舐めている。
 なんか、ぼくが考えていたドラゴンとは、全然イメージが違うって言うか、違い過ぎるっていうのか。
 ゲンノの説明によると(カンが間違っているとは言わないから、かなり合っているらしい)フウタは多分、お父さんドラゴンと、お母さんドラゴンが人間に化けている時に、やる事をやって(やる事と言うのは、子供を作る作業らしい)出来ちゃった子供なんだって。
 だから卵から生まれても、人間の特性が強く出ちゃって、人間の形をしているんだって。
 でも、大元はドラゴンだから、普通の人間より身体が成長するのが早い。力も強い。学習能力(色々な事を覚える事だって)も高い。んだって。
 そう言う風に見えないんだけど、生まれて三年目で十五歳ぐらいに見えるから、成長は早いみたい、身体の。中身は子供みたいだけど。
 子供。ぼくから離れなかった理由は、ぼくのリックの中身にあった。
 パールドラゴンというのは、ドラゴンの中でも珍しい完全草食性で(普通のドラゴンは雑食性なんだって)大好物は蜜のある花。甘い花なんだって。
 そしてぼくのリックの中には、ゲンノの主食の花のジャム入りの瓶とか、花のお茶なんかが詰まっていて。その臭いに引かれて、フウタはぼくの後ろにぴったりと貼りついていたと。子供だよね。絶対。
 ぼくはフウタを見る。
 本当に嬉しそうに、ぺろぺろと花のジャムを舐めている。
 その横にいるカンは、むっとした顔をして干し肉をしゃぶっているけど。
 ぼくのパンを分けて上げるって言ったんだけど、いらないって言い張るし。
 無理強いしてもしょうがないんで、好きにして貰っているけど、ゲンノは食事の時、お茶しか呑まないから、誰かが一緒に同じもの食べる食事って言うのに、憧れていたんだけどな。
 緑色の髪に緑色の瞳。余りにも美しすぎて、怖いくらいのゲンノは、洗いざらしのトレーナーに、洗いざらしの半ズボン。至って普通のハーフブーツに、元は白いショートコート。現在、薄汚れて、茶色くなったロングコート。持っているのは楽器の胡弓という、魔法使いと言うよりは、どう見たって旅芸人。それも年の頃は十二、三歳のとびきりの美少女。(でも男)
 普通の人はゲンノを見ると、その綺麗さに驚いちゃうんだけど、さすが綺麗なフウタを連れているだけの事がある。カンはあんまり動揺しなかった。
「キュイ?」
 カンにぴったりと貼りついて、瓶の中身を舐めていたフウタが顔を上げる。
「気にするな」
 ゲンノが一言。
「何?」
 ぼくが聞き返した時、森の中で爆発音がする。
「なに?」
「パールドラゴンを盗もうとした馬鹿が、俺が仕掛けた罠に引っかかったんだろう」
 そうか、そうなのか。
 カンがすごく驚いているけど……ゲンノが魔法使いと言ったのを信じていなかったみたい。
「本当に魔法使いだったのか」
「伊達や酔狂で魔法使いは名乗らない」
 カンの質問にゲンノがあっさり。
 カンが何度か小さく頷く。
 魔法使いではないのに、魔法使いと名乗るのは伊達や酔狂では出来ない。
 人とは違う『魔法』って言う力を持っていると言う事は、それだけで嫌われたり恐れられたりするから。
 だから本当の魔法使いだけが魔法使いって名乗る。
 ゲンノはどう見ても旅芸人にしか見えないけれど、そんじょそこらの魔導師よりも、よっぽどすごい魔法が使える、正真正銘の魔法使いなんだ。
「パールドラゴンをぬむのってばかなの?」
 なんか、何度も爆発音が続くなぁ。何人も泥棒がいるのかなぁ。それだけ盗みたい人がいるって言う位、すごい物だったら、盗みたくなるの当たり前なのに。
「パールドラゴンを盗むって言うより、ドラゴンを盗むって言う行動が、馬鹿な事なんだけどな」
 ゲンノが爆発音を無視してお茶を飲みながら、答えてくれる。
 そうか、ドラゴンを盗むって言うのは馬鹿な事なのか。でも
「どうして?」
「ドラゴンは知能が高いから、気に入らない相手には絶対に従わないんだ。自分が気に入っている飼い主から、無理矢理引きはがす泥棒のいうことを聞くと思うか?」
 ああ、そうか。
 フウタ、べったりカンにひっついているもんね。
 離れたらきっとキュイキュイ鳴いて、人のいうことなんか聞かないだろう。
「まぁ、そんな事も知らない雑魚は、これで辞めようと思うだろうな」
 ゲンノが小さく笑う。
 あれだけ爆発しているもんなぁ。
 音だけの、はったりかも知れないけど、あれだけ大きな音をさせたら、普通は嫌になるはず。しばらく耳が聞こえなくなるだろうし。
 フウタは音が怖いらしくて、瓶を持ったまま周りを見回している。
「もう少し経ったら、音は止まるだろう。寝る前に同じのを仕掛け直してやるから、今夜はよく眠れるぞ」
 ゲンノが笑いながら言うけど……こんなに大きな音をさせいていたら、良くなんか眠れないと思う。

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