せれんでぃぷてぃ

おーぷんぼっくす


 これはモンドが持ってきた箱。
これはモンドが持ってきた木の箱。
 これはモンドが持ってきた片手に乗るくらい小さな木の箱。
 これはモンドが持ってきた、片手に乗るくらい小さい木の箱の癖に重たい箱。
 これは…… といつまでやっても終わらないのでここで止すけど、テーブルの上に置いてある箱は、そんな箱だった。
「ヒコザ、ちょっと開けてみろ」
 ゲンノに言われ、僕は箱を取り上げる。
 ずっしりと重い箱は、木で出来た箱の上に、それよりちょっと大きな箱が被さっているというとっても簡単な箱で、別に鍵がかかっている訳ではない。だからゲンノでも簡単に開けられるはずで。何でぼくが開けなくちゃあいけないんだろう。
 …… …… ……
 開かない、蓋を引っ張っても、振り回してみても開かない。
「やっぱり開かないか」
 ゼイゼイ。ゲンノ、判っててやらせた訳?
「ちなみにのこぎりでも切れなきゃあ、金槌でも割れない。斧でもたたき壊せない」
 僕がテーブルの上に放り出した箱を突きながら、ゲンノが説明してくれるけど。
 こんななんの変哲もない箱が、そんな凄い事になっているって言う事は。
「これって、マジックアイテム?」
と、しか考えられなかった。
 ゲンノが重々しく頷き
「名前はオープンボックス」
 こらこら。開かない箱になんでオープンてつけるの。
「話には聞いていたが、見るのは初めてだな」
 僕の事を無視して、ゲンノが、又、箱を突く。
「そんなにゆうめいなはこなの?」
「有名って言うのか、数少ない親父の成功作?」
 あーあ、そう言う意味で有名なんだ。
 ゲンノのお父さんはマジックアイテムを作るのが好きだった。らしい。本職は呪術師なんだけど、片手間……とは思えない程、色々な物を作って、それのうちの幾つかが世間に出回っている。幾つかは。と断るのは、失敗してしまった物の方が多くて、世間に出せなかったからだそうだ。
 でも、この前のドラゴンオーブの件もあるからな。世間に出回っていたからと言って、成功作とは言い切れない訳で。
「いや」
 僕の表情に気がついたのか、ゲンノが慌てて説明を始める。
「本当に成功作なんだ。それが証拠に、開かないだろう」
「でもオープンボックスなんでしょう? あかなくちゃあオープンボックスじゃあないよ」
「いや。それはそうなんだが……」
 ゲンノが言葉に詰まっている。
「これは特定の言葉に反応して、蓋が開く仕掛けになっているんだ」
 言葉に詰まったゲンノの代わりに解説を始めたのはモンド。
 ちょっとした経緯でゲンノとつきあう事になった魔導師。仕事一筋で、とってもまじめ。だからそれで嫌いになる訳にはいかない。
 問題は、モンドの十八年前に死んでしまった恋人とゲンノが瓜二つと言うところにある訳で。
 今更、瓜二つだからと言って、恋人の代わりに追い回したりはしないと、モンドは宣言しているし、くそ真面目なモンドの事だから、その宣言は絶対に守られるだろうけれど、僕としては、あんまりいい気はしない。
 そりゃあ僕は、ゲンノの恋人って言う訳ではないし、いい気がしないのは僕の勝手だと思うけど。
「で、その言葉が判らないと」
 ゲンノがモンドに尋ね、モンドが頷く。
「重さからすると、中に入っているのは金かな。金貨十五枚。金の固まりなら二十枚分位かな。箱の大きさからすると」
 あっさりゲンノが言うけど……
 金貨十五枚なんて言ったら、十年以上遊んで暮らせるじゃあないか。そんなお宝が入っているなんで……
「なんて大金を、こんな箱に入れる筈はないから、鉛と銀て処か」
 ゲンノが重そうに……実際重いんだけど箱を持ち上げ
「持ち主は全部鉛だろうと言っている。そんな大金をくれるはずはないからと」
 モンドが説明する。
「それなら開かなくたって良いじゃあないか。中身が鉛なら、この箱を飾っておけばいい」
「それがそうも行かない状況なんだ」
 モンドが続け、僕とゲンノは顔を見合わせた。


 魔導師協会で足止めを食らう。と言うアクシデントを乗り越え(魔導師協会長の挨拶とか、そう言うの)、何とか町に出た僕達を待っていたのは、人々の囁き合いだった。僕達を遠目に見て、指さし囁き会う。
 そりゃあ僕達は目立つから仕方ないし、ここでやっちゃった事は、そりゃあ噂になるかも知れないけど、遠巻きに囁かれるのはなんかなぁ。
 けど、ゲンノはそんな事、気にせずに歩いていく。そんな事を気にしていたら、呪術師なんかやっていられないからだ、だって。
 僕達が向かったのは一軒の八百屋だった。
「済まない。サユリという娘はいるか」
 ゲンノが動き回っている娘に声をかけ
「サユリは私ですけれど…… うわぁ、ゲンノ様、ゲンノ様、ゲンノ様だぁ、本物ですかぁ」
「……エードでは俺の偽物が出回っているのか?」
「うわぁ。本物のゲンノ様だぁ」
 ゲンノの嫌みに気がつかず、サユリちゃんはぴょんぴょんと跳びはねる。
「もう去年の異変からファンなんです」
 サユリちゃんががしっとゲンノの手を掴む。
「あの異変をあっさり解決して、その上、誰も罰せずに。格好良かったです」
「いや……、あれ確か、一ヶ月町内掃除って言う罰があったはずだが……」
「もう大ファンなんです。握手して下さい」
「握手したくても、お前が手を握っているって」
 ゲンノが必死に突っ込みを入れるが、サユリちゃんは聞いていない。サユリちゃんが騒ぐから、お客さんも他の店員さんもゲンノとサユリちゃんを注目。ついでに僕も注目されてしまって。
 ああ、囁かれている。指さされている。
「それで、それで私に何の用ですか」
「開かない箱に関してだが」
 もう嬉しくて堪らないサユリちゃんにそう言った途端、サユリちゃんの顔が曇る。嬉しそうな顔が一気に困った顔になる。
「あれですか……」
 困ったって言うより関わり合いになりたくないって顔だな。これって。
「もうすぐ、休憩時間なんです。ちょっと待っていて頂けますか」
 うってかわった迷惑そうなサユリちゃんの言葉に、僕とゲンノは頷いた。


 「だから、私達も困っているんです」
 サユリちゃんが切り出す。
 ここはさほど大きくない食堂。一応二階は宿屋になっているらしいけれど、それほどの規模ではないし、値段もリーズナブル。
「お祖父ちゃんの遺言で受け取ったんですけど、叔父さん叔母さんがうるさくて。手放したいんですけど、それもそれでねぇ」
「確か、コスゲ屋の主人だろう。これを残したのは。コスゲ屋と言えば、値段が高い事で有名な料理屋だが、なんでその家の娘が八百屋で働いているんだ?」
「ああ、追い出されたんです」
 さらりとサユリちゃんが凄い事を言う。
「十年前、お父さんが病気で亡くなった後、お母さん、お祖父ちゃんの世話とお店の切り盛りしてたんですけど、お祖父ちゃんが亡くなった途端、叔父さん叔母さんがお店に乗り込んできて、出ていけって」
「そうなのか」
「まぁ、お父さんがいないんだし、お祖父ちゃんもいないし、別にコスゲ屋に未練もないし。私もお母さんも働くの嫌いじゃあないし。もうあっさり出ました」
 サユリちゃん屈託無い。本当に未練がないみたい。
「それに叔父さん叔母さん嫌いだし」
 サユリちゃんがぺろりと舌を出す。これは本音だと思う。
「コスゲ屋から身一つで放り出されたけど、働くの苦じゃあないから、いつかは小料理屋を開きたいなって」
「で、板前には当てがあると」
 ゲンノが言った途端、屈託がなかったサユリちゃんが身もだえする。
「えへ。判ります?」
「コスゲ屋の板前か」
 ゲンノの質問に、赤くなったサユリちゃんがぺこんと頭を下げる。
「お店のお嬢さんだったから、声もかけられなかったけど、お嬢さんじゃあなくなったから、年季が明けたら結婚してくれないかって」
「憎からず思っていた相手か」
 ゲンノの質問にサユリちゃんが、またぺこり。 あーあ、ご馳走様。
「年季明けにまとまったお金が貰えるから、それで一緒にお店を開こうって」
 それはそれは。本当にご馳走様。
「で、問題はこの箱か」
「そうなんです」
 今まで、幸せだだ漏れ状態だったサユリちゃんが真顔になる。
「この箱、開かないんですよね」
「開かないな」
 ゲンノも同意する。
 言葉に反応するからと、思い当たる単語を僕とゲンノ、モンドが一晩箱に向かって言ってみたけど、蓋は開かなかった。
「叔父さん叔母さんが無理難題言うんです。お前達が貰ったのは、箱だから、中身はコスゲ屋に返せって」
 そりゃあ無理難題も良い所。開かないんだから、中身を取り出しようもない。
「でね、面倒になったんで、この箱お渡ししますって言ったら……」
 サユリちゃんがため息をつく。
「誰が箱を受け取るかで、叔父さん達がもめちゃって」
 ……そりゃあ、ため息もつきたくなる。
「それで、この箱、うちにあるんですけど。正直、お祖父ちゃんなんでこんな箱、残したのって恨み言言いたい位」
「…… 中身、何だと思う?」
「多分。銅や銀にしちゃあ重い。と言っても、金て筈はないから、鉛かな」
 サユリちゃんが首を傾げながら答える。
「鉛と銀て言う可能性もあるぞ」
「そんなはずはありませんよぉ」
 サユリちゃんがけらけら笑いながら手を振る。
「何せお祖父ちゃん、我が儘、しわい屋の糞爺だったから、銀なんか私達に残したりしませんて」
 身内って辛辣だなぁ。
「そんなに我が儘でしわい屋だったのか?」
「もう我が儘大爆発。お父さんが亡くなった後、お母さんがコスゲ屋を出られなかったのも、再婚も出来なかったのも、お祖父ちゃんが反対したせいだから」
「そんなに気に入っていたのか?」
 ゲンノの問いにサユリちゃんが手を振る。
「まさか」
 そしてけらけら笑う。
「ただで働く使用人が一人でも減るのが厭だっただけですよぉ」
 孫にここまで言われるお祖父ちゃん。どんな人だったんだ。
「もう。家族を金のかからない使用人だと思っていた人が、その使用人に銀なんか残す訳無いじゃあないですかぁ」
 サユリちゃんけらけら。そりゃあ凄い。お祖父ちゃんも凄いけど、それに十年もつきあっていたサユリちゃん達も凄い。
「まぁ、でも、コスゲ屋のお嬢さんをやっていたから、マサさんとも出会えたんだし。あ、マサさんていうのが板前の名前なんですけど……」
 そして又ぺろりとサユリちゃんが舌を出す。さすがに何でものろけるのは悪いと気がついたみたい。
「じゃあ、俺がこの箱を銀貨二十枚で買うっていったら、売るか?」
「え?」
 ゲンノが急に切り出し、サユリちゃんの目が点になる。
 点になった目でゲンノを見ているけど、ゲンノは真剣で。
「この箱の中身ってそんなに価値があるんですか?」
 サユリちゃんが身を乗り出し、今度手を振ったのはゲンノだった。
「中身は関係ない。箱が欲しいんだよ」
「この開かない箱がぁ?」
「いや。親父が残した数少ない成功作だから、手元に置きたいなぁと思って」
「お父さんが残したって。これってお人好しのヒザーリ様が作った……あ、そう言えばゲンノ様ってヒザーリ様が年寄りの冷や水でお作りになったお子様でしたよねぇ」
「年寄りの冷や水…… 確かにいい年で作った子供だけどな……」
 サユリちゃんにはっきり言われて、ゲンノが言葉に困っている。
 でも、確かに齢三百歳越えで作った子供なんだから、年寄りの冷や水と言われても、反論は出来ない。その上、結婚して作ったんじゃあなくて、内縁関係の奥さんとの間に作った子供だから、更に反論は出来ない。
「そうか。お父様の形見なのか…… 良いですよ」
 恐ろしくあっさりサユリちゃんが言う。
「良いですよって……」
「だって、私達が持っているよりゲンノ様が持っていた方が大切にして貰えるし。私達、この箱には難儀しているし。あってもなくても同じだし」
「でも一応、母親と相談してくれ」
 欲しいゲンノの方がサユリちゃんに頼んでいる。
「お母さんも同じ意見だと思うんですけど。お母さんも、物は大切にしてくれる人が持っていた方が良いって言う考え方だし。あのお祖父ちゃんが残した物が銀貨二十枚になるって言うのが、ちょっと皮肉っぽくて面白いけど」
 けれどサユリちゃんがあの箱に手を伸ばす。
「一応お母さんに聞いてみます。お返事は……」
「そんなに急がなくて良い。そうだな。十日後に又来る」
「そんなに待たなくても良いんですけど。判りました」
 サユリちゃんがぺこりと頭を下げた。


 「ゲンノ! ゲンノ! ゲンノはいるか! ゲンノ!」
 あー、何故かモンドの怒鳴り声が響く。そんなに怒鳴っていると
「うるさい!」
 あー、やっぱりお師匠様に殴られた。
 お師匠様、書斎から出てきた途端、問答無用でモンドをはり倒し、そのまま書斎に戻ってしまう。さすがお師匠様。
 問答無用ではり倒されたモンドは呆然としている。でもはり倒されたぐらいならまだ良い。人によっては、二度とこの屋敷に入れないように、呪言をかけられてしまうんだから。まぁ、それだけお師匠様はモンドを気に入っているという証拠なんだけど。
「ヒコザ君……」
 何とかはり倒されたショックから立ち直ったモンドが、僕に気がついて声をかけてくる。
「ゲンノはどこにいる?」
 僕は君付け。ゲンノは呼び捨て。それだけゲンノと親しいって言う意味なんだろうけど。ゲンノとモンドが知り合うより先に、僕とゲンノは知り合っていて。大体、モンドとゲンノが初めて出会った時は、僕もゲンノの隣にいたんだけど。
「たぶん、にわにいるとおもう」
「済まない」
 ぺこりと頭を下げ、モンドがずんずんと庭に向かって歩いていく。僕も何となくついて行ってしまう。っていうか、モンドとゲンノ二人っきりにするのが厭な訳で。
 大体、僕の方がゲンノとの付き合いは長くて。ゲンノと二人で旅する事も多くて。それなのに、魔導師って言うだけで。昔好きだった人にゲンノが瓜二つって言うだけで、親しくしているモンドは気に入らない訳で。
 そりゃあモンドは大人だし、僕と違って魔導師だから、魔法の話が出来て、知識もあるから、ゲンノも喋っていて楽しいだろうけど。でも、僕は楽しくない。
「ゲンノ!」
 さすがに大声で怒鳴る訳にはいかない(学習能力はあるらしい)モンドは、声を上げながら、花の世話をしているゲンノに近付く。
「どうした、モンド。顔に痣なんか作って」
「痣を作ったのは、アルファウェイ様だ」
 本当に。今しがた殴られたからねぇ。
「兄貴に殴られたのか。何をやったんだ?」
「大声を出した。ではなくて、大変なんだ」
「だろうな」
 花の世話を辞め、ゲンノがまじめにモンドに向き合う。
「お前が兄貴に殴られる程の大声を出すとなれば、かなり大事だろう。何があった?」
「奇病が流行っている」
「奇病……?」
「下痢やけいれん、発熱……」
「そりゃあ色んな病気が、重なっただけだろう。食中毒とか。奇病と言い切るには……」
「私達もそう思って、患者の足取りを追ってみた。全員、コスゲ屋で食事をしている」
「……食中毒だろう?」
「食中毒で目が見えなくなるか?」
 モンドに問われ、初めてゲンノが考え込む。
「神経症状が出る食中毒も無きにしあらず。とはいえコスゲ屋か…… 因縁があるな」
「何より食中毒の治療をしても良くならない」
 モンドの言葉にゲンノがため息。
「ヒコザ。エードに行くぞ」
「うん」
 僕は元気良く返事をした。


 「気に入らないな」
 何人かの患者さんを見た後、ゲンノが呟く。
「気に入る気に入らないじゃあなくて、何とかして下さい。ゲンノさん」
 泣きついたのはサコンだった。何がなんだか良く判らない病気という事で、エード中の医者が呼ばれ、魔導師が呼ばれ。ついでに一番近い村にいたサコンまで呼ばれたんだって。
 まぁ、サコンはゲンノに職業の選択を間違えた。って言われる位、医師としての知識や技量を持ち合わせているんだから、呼ばれるのは当然だろうけれど。
「発病したのは、コスゲ屋で食事をした人間だけか? 家族や同居人は発症していないんだな?」
「はい」
 サコンが頷く。
「食中毒なら、家族が発症してもおかしくないな。それが家族は発症していない。食中毒ではないのか。でも、皆が同じ症状という事は、何らかの中毒だろうが……」
 ゲンノも考え込んでいる。
「勿論、何らかの毒と言う事も考えて、板前にも尋ねたのですが、板前は絶対に毒は入っていないと。入れる人間などいないし、入れられる暇はない。大体全員が違う料理を食べているのだから、揃って中毒になるのはおかしいと」
 サコンが説明していく。
「コスゲ屋はコース料理じゃあないのか」
「単品料理屋だそうです」
 サコンに答えられ、ゲンノが首を傾げる。
「じゃあ食中毒じゃあないな」
「板前から話を聞いてみますか。ちょうど受診していますから」
「受診? 板前まで症状が出ているのか?」
「板前どころか、メイドからウェートレスまで症状が出ています」
 サコンに答えられ、ゲンノが更に考え込む。
「食事をしていない人間まで症状が出ている……」
 ゲンノがぶつぶつと呟いている。
「食中毒ではない。毒ではない。いや、何らかの毒だな。問題は狙いは誰だ? 誰を狙ったんだ?」
 ゲンノひたすらぶつぶつ。
「ゲンノ様!」
 診察室に入ってきたのは何故かサユリちゃんだった。
「マサさんを助けて下さい。お願いします。マサさんを助けて下さい」
 そうか、サコンが言っていた板前さんて、マサさんの事だったんだ。椅子に座った青年の横。サユリちゃんは必死にゲンノに乞う。
 うわぁ、顔色がどす黒い。ふらついている。座っているのがやっとっていう状態。
「お嬢さん、大丈夫ですから」
「もう、マサさん、お嬢さんなんて呼ばないで。私はサユリよ」
 いやぁ、こんな時までのろけられると。本人達のろけている自覚はないんだろうけどね。
「俺は医者じゃあねぇよ」
「でもお願いします。お願いします。箱は渡せませんけど」
「渡せない?」
 ゲンノが聞き返し、サユリちゃんが頷く。
「やっぱり母親が反対したのか?」
「違います」
 サユリちゃんが首を横に振る。
「あの時の話、どうも叔父さん達の知り合いの誰かが聞いていたらしくって、うちに帰ったら叔父さんの一人が急にやってきて、銀貨二十一枚渡すから箱を寄こせって」
 そうか。ゲンノが銀貨二十枚で買い取るっていったから、それ以上の価値があると思って、持って行ったんだ。それにしても、二十一枚って。せこいんじゃあないだろうか。
「俺にとっては銀貨二十枚の価値でも、他の人間にとっては、何の役にも立たない箱だぞ?」
「そう言ったんですけど。持って行かれてしまって…… ご免なさい」
「いや。お前が謝る必要はないって」
 そしてゲンノが明るく答える。
「交渉相手がお前ではなくて、その叔父さんとやらに変わっただけだから」
「そうですけど…… 叔父さんしわい屋ですよ」
「まぁ、仕方がないか。それよりちょっと悪いが、マサ。顔を見せてくれないか」
 椅子に座っているマサさんの顔をゲンノが覗き込む。
「浮腫んでいて、この顔色…… 腎不全か。前から浮腫みやすいとか?」
「そんな事ありません。マサさん、殺しても死なないぐらい頑丈なのが取り柄なんです」
 答えたのはサユリちゃんだった。
「それが何より。そうか、殺しても死なない程頑丈か。毒だな」
「料理には何も入れていません、何も入っていません」
 ゲンノが毒と呟いた途端、マサさんが必死に反論する。そりゃあそうだろう。板前さんなんだから。
「誰も料理に入っていたなんていわねぇよ。料理に入っていて、なんでメイドが同じ症状を起こすんだ。メイドまで店の料理を食うのか?」
 ゲンノに問われ、マサさんがため息一つ。
「そうですよね。料理には何も入っていなかったんですよね。ゲンノ様にそう言っていただけて……」
 あーあ、マサさん、男泣き。
「それより一番、症状が重いのは誰だ?」
 ゲンノがサコンに尋ねる。
「それが、コスゲ屋の主人なんです」
「コスゲ屋の主人? もしかして箱を持って行った奴か?」
 今度、ゲンノが尋ねたのはサユリちゃん。そしてサユリちゃんは大きく頷く。
「主人か一番重い。メイドやウェートレスまで症状が出ている」
 ゲンノがそこまで言った時だった。
「大変です」
 飛び込んできたのは、見た事もない魔導師。
「コスゲ屋に治療に行っていた者が、同じ症状で倒れました」
 魔導師がサコンに報告する。サコンの顔が曇る。
「ヒコザ!」
「なに、ゲンノ?」
「コスゲ屋に行くぞ」
 ゲンノがそう言って部屋を出、僕は慌ててその後を追った。


 コスゲ屋の前には、魔導師達が立っていた。立ち入り禁止状態。なのに僕達はあっさり通された。去年の異変を一人で解決したゲンノをみんなが知っているから。深々と頭を下げている人までいる。
「俺の予想が当たっているとしたら、だ」
 言いながら、ゲンノは手近な魔導師から杖を借りる。
 うーん、魔法を使うつもりなら、それなりの準備をしてくればいいのに。
 ゲンノはあんまりそう言う事は考えず、何か呪文を唱えると、そのまま杖を魔導師に返す。
 そしてそのままコスゲ屋の中へ。僕もその後を追う。
「なにをさがすの?」
 僕が尋ねるとゲンノがにやりと笑う。
「毎度毎度、勘が良い事だ」
 わーい、ゲンノに褒められた。
「俺の予想が当たっていれば、今度の件の原因はあの箱だ。あの箱を探せ。と言っても、多分、後生大事に飾ってあるだろうがな」
 ゲンノが店を横切り、屋敷の中へと入っていく。
 ついた先は応接室だった。僕とゲンノはあの箱を探す。とはいえ、片手に乗る位小さな箱だし。そう簡単に見つかる……
「ゲンノ」
 ひょいと見上げた棚の上。僕はゲンノを手招きする。
「これ、ちがう?」
 僕はその箱を取り上げる。
 もう蓋は被っていない。中に入っているのは銀だった。銀の筈なのに、振ると揺れる。何なのこれ?
「良く見つけた。これが今回の原因だ」
 覗き込んだゲンノが言いながら左右を見る。
「蓋はどこだ?」
 そう言われて僕は又棚の上を見る。あった、蓋だ。
「良く見つけた。早く閉めろ」
 はいはい。蓋は閉めた途端、又ぴったりと張り付いて、開かなくなる。
「で、ゲンノ。これなんなの?」
 僕は箱を持って尋ねる。
「水銀だよ」
 そうか、水銀か。水銀てなんだろう?


 「水銀中毒ですか」
 ゲンノの説明にサコンが大きく頷く。
「原因がわかれば対処方法が判ります。ありがとうございます」
 サコンが大きく頭を下げる。
「水銀か。確かに揮発性の物質だから、店にいた客や使用人達が中毒になるのも判る」
 覗き込んだモンドが、僕が持っている箱を突く。
「それもご丁寧に、珍しい物だからと常連客に見せて回ったらしい。お陰で中毒者続出だ」
 ゲンノが肩を竦める。
 僕達は箱を閉めた後、動けない程衰弱したコスゲ屋の主人から話を聞き出した。
 サユリちゃんから箱を取り上げた後、兄弟揃って箱を開けようと、色々な言葉を言ってみた事。そしてある言葉に反応して蓋が開いた事。中身が何かは全く判らなかったけれど、ゲンノが欲しがった物だから、凄く良い物だろうと想像して飾っていた事。ついでに珍しい物だからって見せ回っていた事。そんな事したせいで、中毒患者が増えてしまった事。
 それを聞き出したゲンノは思いっきり呆れ、これは水銀という毒で、素人が扱って良いもんじゃあねぇと一喝した。
「毒なんですか?」
 サユリちゃんが怒ったようにゲンノに尋ねる。
「まぁ、毒って言えば毒だな」
「お祖父ちゃん、なんで私達に毒なんか……」
 あー憤慨している。でも、憤慨もしたくなるだろう。毒なんか遺言で残されたら。
「いや、しわい屋だったんだろう。爺さん」
「はい」
「錬金術の材料なんだ。水銀は」
「錬金術?」
 サユリちゃんは首を傾げ、僕も首を傾げる。
「錬金術って言うのは、違う素材から金を作り出すって言う方法で。簡単に言えば、鉛を金の固まりにするっていう術だ」
「そんな事出来るんですか?」
「出来ない」
 ゲンノの説明に驚いたサユリちゃんが聞き返し、あっさりゲンノが否定する。
「出来ないって。それじゃあ……」
「でも、良く詐欺に使われるんだ。爺さん、多分若い頃、詐欺に引っかかったんだろうな」
「……」
「それで、その証拠をお前達に押しつけたと。文鎮にでも使って欲しかったんだろう」
 ゲンノの説明にサユリちゃんがため息。
「あー、なんか、しわい屋のお祖父ちゃんらしい。転んでも絶対ただじゃあ起きない」
 そしてサユリちゃんがはき出す。
「開ける言葉も聞いてきた。聞きたいか?」
「判ったんですか。私とお母さんがいくら言っても開かなかったのに」
 サユリちゃんの言葉に、ゲンノがくすくす笑う。
「だからお前達に渡したんだろうな」
「何なんですか、一体」
 サユリちゃんが聞きたがる。
「糞爺、とっととくたばっちまえ」
 ゲンノの答えを聞いて、サユリちゃんの目が点になり、その間に開いた蓋をゲンノが慌てて閉める。
 しばらく、目が点のまま考えていたサユリちゃんは、ようやく意味が判ったらしくて、ぷっと吹き出す。
「お祖父ちゃんたらまったくもぅ」
 それでも、目尻を拭いたのは、ちょっとはお祖父ちゃんの事が好きだったからかな。
「それじゃあ絶対に、私達じゃあ開けられないから、安心して残していったんだ」
 サユリちゃんがにこにこ笑う。そんなサユリちゃん達だから、お祖父ちゃんは安心して、この箱をサユリちゃん達に押しつけたんだろう。
 絶対に「糞爺、とっととくたばっちまえ」なんて言わないから。
「それでこれ」
 ゲンノが袋を取り出しサユリちゃんに手渡す。
「何です?」
「箱の代金」
「箱の代金て、こんなにいりません。銀貨二十枚って言う話だったじゃあないですか。これ、もっとあります」
 サユリちゃんは慌てて袋をゲンノに差し出す。
「大丈夫。俺の懐は全く痛んでいない」
 ゲンノがにやり。
「痛んでいない?」
「お前の叔父さんから貰った、箱を処分する手間賃」
 ゲンノが片目を瞑り、そして又サユリちゃんがしばらく考える。
「どうせ、半分は難癖つけて叔父さんが持っていっちまうだろうけどな」
「ですよねぇ。しわい屋ですもんねぇ」
 そして、サユリちゃんがぺこりと頭を下げてその袋を受け取る。
「ゲンノはこれをどうするんだ?」
 モンドが箱を突く。
「ん、蓋さえ閉まっていれば密閉状態だからな。水銀中毒になる可能性も無し。持って帰る」
 だよね。お父さんの形見だもんね。大切だもんね。でも……
 僕は引っかかっていた。何かに引っかかっていた。でも、それはここで口に出してはいけない事。
「水銀中毒の治療に手間取るようなら言ってくれ。手伝うから」
「今すぐ手伝って下さい」
 ゲンノが言った途端、サコンが間髪入れずに答える。
「あのな…… 社交辞令……」
「今すぐ手伝って下さい」
 あ、サコン、真剣、真面目。ここで逃がしてなるものかと、ゲンノを掴んでいる。
「あー、判ったからちょっと離してくれ。まずこれを置いてこなくちゃあならないし、微調整の必要な魔法を使うんなら、胡弓が無くちゃあならないから、胡弓を取ってくるから」
 だよね。人様を直す魔法を使うのに、借り物の杖じゃあ話にならないよね。
「では待っていますから」
 真剣なサコンに、きっぱり言われ、ゲンノはため息をつきながら部屋を後にする。
「たく」
 言いながらゲンノが魔法を使い、お師匠様の家へと移動する。こういう時って魔法って凄いと思う。
「別に俺がいなくても、サコン達で何とか出来るだろうが」
 ゲンノがぶつぶつ言いながら、廊下を歩き
「ねぇ、ゲンノ」
「何だ?」
「おじいさん。ほんとうにサユリちゃんたちがはこをあけないとおもって、はこをわたしたの?」
 僕が引っかかっていた事をゲンノに尋ねる。
 糞爺とっととくたばってしまえ。確かにサユリちゃんの性格なら口に出したりしないと思う。だって、そんなお祖父ちゃんの事を考えて、涙を流す位なんだから。
 でも、もし。もしも、お祖父ちゃんが、そんな事をサユリちゃん達が口にしたら、死んでしまうようにわざと渡したのかも。
「どうだろうな」
 ゲンノが薄く笑う。
「本当の事は、その爺しか判らない」
 そりゃあそうだけどさ。
「まずはこの箱をしまって、中毒患者の治療だ。そのほかの事は後で考えよう」
 まぁ、そうだけどさ。釈然としないなぁ。僕。


 一ヶ月後、モンドがサユリちゃんから預かったと言って、一枚の招待状を持ってきてくれた。「開店祝い」だそうだ。
 結局コスゲ屋はつぶれてしまって、突然、無職になってしまったマサさんは、一念発起。サユリちゃんと結婚して、新しい小料理屋を始めたらしい。(結婚式に呼ばなかったのは、ゲンノの方が花嫁さんより可愛いから、だそうだ)
「いつでもいらして下さい。腕によりをかけて料理を作ります」と書いてはあるけど、一言も「ただにします」とは書いていなかった。と、ゲンノが笑っていた。
 サユリちゃんは幸せになったんだ。と、僕は思う。
 働き者のサユリちゃんとお母さんとマサさんは、毎日、楽しそうに働いているとモンドは教えてくれた。
 でも、そう思うとどうしても引っかかってしまう。お祖父ちゃんはなんであの箱をサユリちゃん達に渡したんだろうって。
 どうして、あの箱をサユリちゃん達に渡したんだろうって。